2025.11.07
世界的音楽家・坂本龍一の最後の3年半の軌跡を辿ったドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: Diaries』(監督:大森健生)。11月28日(金)の全国公開に先立ち、11月7日(金)に内田也哉子さん(文筆家・無言館共同館主)、佐渡岳利さん(本作プロデューサー)登壇によるトーク付きの先行試写会を開催しました。当日のトークの模様をレポートとしてお届けします。

「一人の人間の自然の姿を見守るような、とても親密な映画」
30年前に見た、”大人にも子供にも真摯に向き合う坂本龍一の姿“を思い出す
本作を鑑賞した感想を内田さんは、「偉大な音楽家の生き様というのはもとより、一人の人間の、生きて、やがて枯れていく自然の姿”を固唾を飲んで見守るような、とても親密な映画でした」と話し、続けて「この機会に出会えて幸せでした」と噛み締めます。
およそ30年前、知人を介してニューヨークで坂本龍一さんと出会ったという内田さん。当時の印象を「仏様のように座っていらして。でもバッドボーイのような危うさもあって、すごくかっこいい大人だなという衝撃を受けました」と振り返ります。
その後、坂本さんの自宅へ赴いた際に「明け方、当時6歳くらいのお子さんが起きてきて『すごく怖い夢を見た』と坂本さんに言ったんです。そうすると坂本さんは『どんな夢だったの?』と真剣にお話を聞いていて。幼い子供に話しかけるのではなく、大人にも子供にも真摯に向き合う姿を拝見しました。わたしがいつか親になった時、こうやって子供とフラットに語り合えたらどんなに素敵な家族になれるだろう?と憧れを抱きました」と思い出深いエピソードを語りました。
佐渡プロデューサーは坂本さんとの出会いを「NHKの番組で“どてらYMO”というコーナーをやっていて、それを機にご一緒させていただけることが増えました」と話し、「興味を持ったことにストレートな方で、その時にやらなきゃいけないことに一直線という印象。この仕事をする上で意識を変えてくれた大きな存在です」と坂本さんから受けた影響について言及しました。
また、本作の制作経緯について、坂本さんが亡くなった後に放送された「クローズアップ現代」をきっかけに、その後本作のベースとなったNHKスペシャル「Last Days 坂本龍一 最期の日々」の制作へと繋がっていった道のりを紹介。映画化については「テレビ番組では”音楽”の要素を描き切ることは難しいだろうということで、映画化するという構想は当初から挙がっていました」と振り返り、映画では「坂本さんが死に直面しながらも“どう音楽を生み出していったのか”ということがよりしっかりと描かれていると思います」と語りました。

“死”を見つめるからこそ”生”が輝き、尊いものだと分かる——
必死に生きて閉じていく。表現者として覚悟を決めた坂本龍一の姿
内田さんから佐渡プロデューサーに、「日記というパーソナルなものを手渡された時、どのような想いになられたのですか?」という質問が投げかけられると、「こんなに筆豆だったんだってびっくりしました。書いていることが普段のご本人とブレないというか。食べ物、映画、音楽の話が日記でも出てくるんです。僕らに対しても普段からありのままの姿を見せてくださっていたんだなと思いました」と答え、驚きと発見があったといいます。
内田さんも映画に登場した坂本さんの日記の言葉を振り返り、「坂本さんは感覚を鏡のように映し出して、ご自身もそれを見つめて反芻しながら、感覚そのものを面白がっている。生粋の表現者というか、自分自身をも俯瞰して見ながら表現をしていることに嘘がないというか、本当にすごいなと」と自身の置かれた状況に向き合う姿に感銘を受けた様子を窺わせました。続けて「私の母は幼い頃から知人や親戚が亡くなると真っ先に私を連れていって、亡くなった方の顔を見せていたんです。子供ながらに怖かったのを覚えています。こうして人は死ぬんだよってことを母は伝えようとしていたんです。母自身も病を患って、自分の家で、私たちや孫にも自分が老いて亡くなっていく姿をきちっと見せたいと言葉で言っていました」と母・樹木希林さんとのやりとりや、晩年の様子を語りました。
「母が亡くなってからようやく気が付きましたが、”死”を見つめるからこそ今持っている”生”が輝き、尊いものだと分かる。一分一秒を無駄にできないんだという話だったのかなと。坂本さんも相当な覚悟をもって、表現者として皆さんに、自分が必死に生きて閉じていく姿を人生のひとつの通過点として受け取ってもらいたかったのではないでしょうか」と、死を受け入れた人たちの覚悟について内田さんは話しました。

坂本さんが残してくれた音楽や想いは、確実に残されている
これは、命の祝福の旅物語
樹木希林さんを失ったあとに内田さんがはじめた対話・エッセイ集である『BLANK PAGE 空っぽを満たす旅』。坂本さんには2021年の1月に電話で対談を申し込んだといい、これが最後の会話になったと話します。イベントではその一部を紹介、さらに「人生の山を駆け上って、だんだん降りていく。できないこと、諦めていかなきゃいけないことがだんだん増えていく。その変化を坂本さんご自身が面白がっている姿も、私たちに色々なものを与えてもらえると思いました」と想いを述べました。
続けて「人は亡くなっていく時に、自分の良心を周りにお返ししていくんだなと。特に坂本さんはそういう最後を迎えられていたと思います。母も生前『人は生きてきたように亡くなるんだよ』と言っていて、当時は『?』が浮かんでいましたが今は腑に落ちています。周りのみんなにありがとうを伝えて、ご自身の想いを、東北も、ウクライナも、置き去りにしない。『若い頃から色々な人を気にかけてきたんですか?』と聞いたら、坂本さんは『見てみぬふりができないだけなんだよ』と照れ笑いされていたんです。正直すぎる、稀有な方だったなと思います。」と心に残っているやりとりを挙げました。

最後には、佐渡プロデューサーから「坂本龍一さんという稀有な存在が最後の3年半をどう生きたのかが凝縮されています。坂本さんのような芸術家でなくても、最後の時まで、どのように何を生み出して何をみんなに残せるのか、糧になるような作品だと思います。一人でも多くの方にこの作品が届いてほしいですし、死は誰にでも平等に訪れるものですから、それを考えるきっかけになっていただければ」と語り、
内田さんは「坂本さんはこの世に身体としてはいらっしゃらない。それは悲しいことなんですが、坂本さんが残してくれた音楽や想いは、確実に残されています。私たちがそれをどう生かしていくか、老若男女みなさんが何かを受け取れると思いました。命の祝福の旅物語だと思いますので、何度でも観てください」とそれぞれが締めくくり、イベントは幕を閉じました。
映画『Ryuichi Sakamoto: Diaries』11月28日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開